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友達が少ないから何だと言うのだ

友達が少ない?

実生活で僕は「友達が少ないから何だと言うのだ!」と言う側にいる人間です。嫁さんへも「俺は友達がいない」と断言して過ごしています。

しかしこの「友達が少ない」と自分で思っている状態はなかなかに周りに理解を得難く、やもすると寂しい人生を歩んでいるように見られてしまう側面があるようです。

例えば「あいつ飲み会に誘われてない」とか、「あいつまっすぐ家に帰りがち」とか思われるのは、どんな人間でも心の何処かで癪に触るんでしょう。確かに僕も言われて良い気はしないですね。

だが考えてみて欲しい。果たして君に(僕に)それほどまでに友達は必要なのか!?

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友達ってどこからでしょう?

友達の定義から入りますが、僕はこの友達の定義が問題を引き起こしている原因ではないかと考えています。友達が多い人の最大の特徴は、誰が何と言おうと「他人を友達だと認識する力が高い」です。決して、「社交性が高い」とか、「コミュニケーション能力がある」とか、歯の浮くようなスキルが高い結果=多くの友達という図式にはなっていません。

どちらかと言うと、社交性やコミュニケーション能力は後発で付いてきた能力だと分析できます。友達が多い人はそうでない人より相対的に人付き合いの機会が多いです。これだけは紛れも無くそうだと断言できます。

結果、社会に出ても「気が遣える」とか有用なスキルを身につけた状態でスタートできるので、友達が少ない人間ががんばってスキル習得中にキラキラ輝けるわけです。ちょっと話が逸れました。

ここでの主張は「友達の多寡はその人の認識とその後の行動次第」ということです。

友達が多い人少ない人の正体

他人を友達だと認識している範囲が広い人は多くの人を友達だとカウントしますし、レジャーなどに誘うこともあるでしょう。結果、友達付き合いが開始することが多いと推察されます。

反面、友達だと認識する範囲が狭い人は、そもそも友達がカウントアップされませんし、レジャーなどに誘うのも躊躇うでしょう。したがって、完璧な受け身で始まる友達付き合いが殆どになります。唸るほど友達が増えはしませんよね。

どちらが良いとか悪いとかはありません。しかし覚えておいて欲しいのは、友達が少ない人間が劣っているわけではないという点です。

処方箋

社交性やコミュニケーション能力は偏重されているという人はいれど、会社や学校生活において不要なスキルとは言えません。能力の高い人は低い人に比べて相対的にキラキラ輝いて見えるでしょう。

ただ、そのキラめきは彼の認識範囲に依るものでしかなく、変な話、アナタ自身は彼の友達にカウントされている可能性も大いにあります。アナタも友達カウント1追加です。ですが、それを聞いても素直にカウントアップしないのが認識範囲狭め人間(僕もですが)の特徴でもあります。

こう考えると、交友関係など特に取るに足らないものだとわかります。冒頭に書いた誰が誘われて云々などどうでもいいことです。もちろん、人生のチャンスに繋がる出会いは逃したくありませんが、日常生活においては肩の力を抜いて、友達いないライフをエンジョイしちゃってください。

友達いないエンジョイ勢の一員として今日は筆を置きます。